娘から「ノマドプランの名前の由来は何?」ときかれた。
思い返すと、「ノマドプラン」という名前は2000年初頭沖縄タイムス(沖縄県で発行されている新聞)に掲載されたジャック・アタリ氏の記事を読んで感銘を受けことがきっかけだった。
その記事を見せて説明したかったのだが、今どうしてもさがせない。切り抜きをして、これは大事だからと大切に保管していたはずなのだが...
昔のブログやツイートに載っていないかと探しているが見つからず、でもかわりに過去のブログからこんな言葉を見つけた。
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いつでしょう
2013年9月22日
4日ほど前からオタマに足が出だしている。白い麻糸状のもあるけど、前の時と違って最初から黒い足の子もいてびっくり。今回は先のカエルさん達と時期的に重なりすぎているので、足が出だしたら末吉公園に放してこようと思っているのだけれど、いざその時が来ても、「いつでしょう」という感じで「今でしょ、」となかなかならず困っている。
カエルさんは大きいのからどんどんいなくなっているようだ。
今日は、みどりらしきカエルさん、白たまちゃんらしきカエルさん2匹だけがいた。オタマがカエルになったときエサが確保できるように大きいカエルさんから遠くへお引っ越ししている気がする。争うのではなく距離を置いて離れる、というのがカエルの性分らしい。
ピーター・ファーブ「ことばの遊び」より
中央オーストラリやの原始民族であるアランダ族は、彼らのすべての所有物を背中に背負うのであるが、ただ言葉だけは非常に豊かなものであり、考えられないくらい、複雑なものであるので、彼らは言語だけは頭の中に入れて運んでいる。
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このアランダ族のように生きる人たちのことをノマドというんだと知ったのがジャック アタリの記事だった、というわけだ。
ピーター・ファーブの「土は生きている」は高校の頃読んでその後私を茨城県の鯉淵学園へと向かわせた本だ。(事情があり途中退学している)
この二つの書籍の作者ピーター ファーブが同一人物なのかは定かではないが…「土は生きている」を読んで40年後に「ことばの遊び」に出会ったわけだが、不思議なめぐり合わせだと思う。確かに私は「土は生きている」のなかの虫たちに寄り添い「ことばの遊び」のアランダ族のように生きたいと願ってきたように思う。
彼らのように、リュック一つ背負って旅に出たいと。
そのリュックに入る最低限のものを渇望していて、でもほしいものはどこにも売ってなかった、だから自分で作る事にしたのだ。
一つは言葉を頭の中に入れて運ぶためのお助けツールとしてのノート。それから衣食住の最前線として体を守る衣類とそれを作るツールとしての糸。
私が私のリュックに入れたい物、それがノマドプランかな、と思う。
沖縄県在住
ノマドプランの全ての商品を作っています。趣味は見ること(草花や人・動物・風景) 聴くこと(音楽、自然の音)。